ザッッ
足音が聞こえた。
ヤバイ
振り返るな
逃げろ
足が動かない
駄目だ
声を聞くな
壊される
コワレル
「見つけた」
独り占め
聞き覚えのある声が聞こえた。
耳を塞ぐ暇もなく。
否、塞げなかった。
逃げる暇もなく。
否、逃げれなかった。
脳の伝達指令に筋肉がいうことを聞かず、動くことができなかった。
そして俺は何故、逃げることも耳を塞ぐこともしなかった体で、
奴を振り返ってしまっているのか。
何故俺の目は、神楽と同じ髪の色をした、殺戮を愉しむような奴の、満面の笑みを見ているのか。
「お兄さん」
何故俺の耳は、この声を聞いてしまっているのか。
「お兄さん、逃げないでよ」
聞きたくない
「今度は優しくするから」
だったら逃がしてくれ
「お兄さん、帰ろう?」
俺の帰る場所は、少なくともお前の所じゃない
「お兄さん」
来るな来るな来るな
腕に、違う体温を感じたたき、俺の意識は途絶えた。
目を覚ますと、漆塗りの丸い格子窓に、上質な藺草の畳。
灯篭に、衝立障子。部屋の隅には香が焚いてある。
まるで吉原にあるような遊郭のような造りだ。
そして俺は、どこからか伸びている手枷足枷を付けられている。
「お兄さん、起きた?」
声が聞こえ振り向くと、にっこりといえば聞こえはいいが、
考えていることは最悪な、笑っている男が立っていた。
「どう?逃げる前にいた部屋より全然いいでしょ?吉原をイメージしたんだよ」
俺が着ているのは、遊女のような着物。
「ここからは逃げれねぇってことか」
「ふふ、そうだね。あの夜王も、太陽を吉原の枷で閉じ込めてたし。
……まぁお兄さんに鎖壊されたけど」
「じゃあまた俺が俺の鎖を壊して逃げてやる」
ギロリと神威を睨みつけると、神威はさらに笑みを浮かべる。
「はははっ。強気なお兄さんは好きだよ。でも、俺は愚かなあの男と同じ轍は踏まないよ」
神威はこちらへと近づいてくる。
俺は逃げたくて後ずさるが、神威はますます笑みを浮かべて俺の腕を掴んだ。
「怯えてるの?ひどいことしないって言ったじゃん?」
嘘つけ。
眼が、凶悪な、獲物を狩る眼になってるぞ。
「もう逃がさないよ。お兄さん。お兄さんは俺のものだ」
誰がお前のものになった。
何月何日何時何分地球が何回回った時?って、ガキみたいだな。
「お兄さん何考えてるの?他のこと考えないでよ。ねぇお兄さん……」
神威の手が俺の着ている着物の襟にかかる。
「今度はちゃんと優しくするよ」
手が横にひかれ、襟が割られる。
「でも逃げたから」
そして露出した鎖骨に、
「お仕置きしなきゃね」
獣の如く、咬みつかれた。